弄月(ろうげつ)・網代(あじろ)・乾(いぬい)…。伊達市には、道内ではあまり見られない優雅な地名が残っています。名付けたのは開拓の祖である伊達邦成公です。
邦成公は、家臣の国学者 佐藤脩亮に命じ、地名にちなむ和歌「街に名づくる言の葉」二十首をつくらせました。
これをもとに、市内の郷土史研究グループが、これを後世に伝えようと二十首十八基の歌碑をそれぞれの地に建立しました。
伊達のいしぶみとして、開拓の息吹を伝える文学碑として歴史的にも意義があるものです。 ※( )内は現在の地名
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【乾小路(乾町)】
天にたたい父と唱えてものものの
ねざしとなるもいぬいよりして
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【弄月丁(弄月町)】
いずるより入るまでソラにあくがれて
月弄ぶ秋やいくあき
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【網代丁(網代町)】
網代もるひ魚のよるや待ちふけぬ
つきかげ寒きうすのかわなみ
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【清住丁(清住町)】
磨けただ心のちりの曇りなく
げに清住の名にしおうまで
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