宮尾登美子文学記念館
目次
宮尾本 平家物語の誕生
宮尾文学の軌跡
自伝的四部作
和室「いとおしきもの」
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宮尾登美子文学記念館は、
作家宮尾登美子さんが
「宮尾本 平家物語」の執筆のため
伊達市に住まわれ伊達の人々と
交流を深めてきた
ゆかりのある記念館です。
宮尾登美子の軌跡
1926年 四月十三日、高知市緑町四丁目に生まれる。戸籍上は父、岸田猛吾、母、喜世の四女。岸田家は花街にあり、「芸妓娼妓紹介業」を営む。長兄、光太郎(昭和六年死去)は二十歳、結核のため離室で病臥しており、次兄、英太郎は中学校中退後家業を手伝う。こうした背景は、作品『櫂』に詳しい。
1932年(6歳) 四月、田淵町の高知市立第一幼稚園に入園。病弱で一ヵ月に一度は医師の往診を受ける状態がその後も長く続く。母、喜世の愛を一身に受ける母親っ子であった。
1933年(7歳) 四月、高知市昭和尋常小学校に入学。この年、国際読本がサクラ読本になる。家にあった『講談全集』『落語全集』などに親しむ。夏、母が子宮筋腫で長期入院する。
1934年(8歳) 四月、海岸通りへ引っ越す。
1938年(12歳) 十一月、父母離婚
1939年(13歳) 二月、朝倉町八十五番地の父のもとに移る。四月、高知県女子師範学校付属小学校高等科に入学。家業のことで劣等感にさいなまれる。この思いは『櫂』を上梓するまでふっきれなかったが、小説の世界へ向かわせる力となった。
1941年(15歳) 四月、高知市私立高坂高等女学校(三年)に編入学。
1942年(16歳) 夏、助膜炎と診断され、香美郡土佐山田町前行に転地治療。
1943年(17歳) 三月、高坂高等女学校卒業。四月、同校家政研究科に入学。十二月十四日、中途退学し、吾川郡池川町安居国民学校に代用教員として就職。
1944年(18歳) 二月、池川町狩山国民学校に転任。三月、退職。同月、安居国民学校の教員前田薫と結婚。池川町に新居を構える。夏、心臓神経症を患い、木炭車で実家に帰り、高知の病院で診てもらう。以後も長く神経症に悩まされる。十一月、夫が大土佐開拓団の子女教育にあたるため単身満州(現・中国東北部)へ渡る。
1945年(19歳) 二月、長女誕生。三月末、迎えに戻った夫とともに、長女を伴って満州に渡る。四月初め、黄塵の舞う吉林省九台県飲馬河に着く。八月、敗戦後、暴動に遭い、飲馬河を脱出。九台を経て、営城子炭鉱に集結。コーリャンと塩汁で冬を越す。この体験は、のちに作品『朱夏』としてまとめられる。
1946年(20歳) 九月、親子三人、引揚船で佐世保港へ上陸。二十一日、土佐へ帰る。伊野の引揚援護局出張所で手続きをし、仁淀川に沿って、約六キロを歩き、夫の実家、吾川郡弘岡上ノ村(現・春野町)へ帰り、夫の母と祖父とともに農業に従事する。
1947年(21歳) 六月、肺結核と診断ざれる。満州での体験を書き残しておきたく思い、同月十八日よりノートに感想を書きはじめる。町の病院に通うとき、なけなしの財布をはたき「小説新潮」などを買う。
1948年(22歳) この年体調も少しずつ良くなる。十月、初めて書いた小説「村芝居」を「文芸首都」に投稿。
1949年(23歳) 一月、次女誕生。三冊本の『細雪』に感銘を受ける。十二月七日、母、喜世死去。
1951年(25歳) 五月四日、父、猛吾死去。同月より村立保育所保母として就職。腰掛のつもりが七年間勤務することになる。「草の実」という雑誌を作ったりして仕事に打ち込む。
1958年(32歳) 三月、村立保育所を退職。四月、高知県社会福祉協議会に保育係として就職。保母の生活白書を出版したり、保母会単独で県大会を開催するなど、がむしゃらに頑張る。
1962年(36歳) 一月、NHK高知放送局主催のラジオドラマ脚本募集で、神戸に行き取材して書いた「真珠の家」が、佳作一席に入選する。三月、高知県社会福祉協議会を退職。文筆活動に入る。九月、テレビドラマ処女作「女流」がNHK大阪放送局で放映(原作「書家の群れ」)。十月、短編「連」(ペンネーム前田とみ子)で第五回女流新人賞受賞。十一月、「婦人公論」十一月号に「連」が掲載される(中短編集『影絵』昭和五十三年六月刊に収録)。十二月、短編「水の城」を「小説中央公論」十二月号に発表。
1963年(37歳) 一月、婚家を出て、借家住まいをする。「連」が第四十八回直木賞候補作になる。三月、協議離婚。
1964年(38歳) 五月二十日より、「湿地帯」(ペンネーム前田とみ子)を「高知新聞」に連載(十月二十六日まで百五十六回)。十二月、高知新聞学芸部記者宮尾雅夫と結婚。
1966年(40歳) 一月二十一日、夫とともに上京。東京・下高井戸の、家賃六千八百円の六畳一間のアパートに住む。「女性自身」の仕事を手はじめに週刊誌・婦人誌のライターをする。十月、赤ちゃんとママ社に就職。月刊誌の編集にたずさわる。初任給四万五千円。
1968年(42歳) 三月、赤ちゃんとママ社を退社。十二月、第一生命住宅(現・相互住宅)に就職。PR誌「さんるうむ」編集にたずさわる。この前後数年読書熱が高まり、通勤電車のなかでも本を手放さないほどであった。森鴎外に強く惹かれる。
1970年(44歳) 八月、大田区南六郷二丁目の公団住宅に入る。
1972年(46歳) 八月、私家版『櫂』(第一部)を自装で五百部刊行。十二月、第一生命住宅を退社。
1973年(47歳) 六月、『櫂』で第九回太宰治賞受賞。七月、「展望」七月号に「櫂」第一部が掲載される。九月、心臓発作をおこし、二度にわたり入院。十二月、長編『櫂』(上)を筑摩書房より刊行。
1974年(48歳) 一月、「喜和」(「櫂」を改題)が芸術座で上演される(主演・若尾文子)。三月、長編『櫂』(下)を筑摩書房より刊行。七月、短編「夜汽車」(中短編集『影絵』に収録)を「文芸展望」第六号に発表。
1975年(49歳) 一月、「陽暉楼」を「展望」一月号より連載(五十一年六月号まで)。五月、短編「卯の花くたし」(中短編集『影絵』に収録)を「海」五月号に発表。七月、「岩伍覚え書一」(三日月次郎一件に就て)を「文芸展望」第十号に発表。十月十三日により十二月二十九日まで、「櫂」がテレビ朝日系列でドラマ化され、十二回シリーズで放映される(主演・若尾文子)。
1976年(50歳) 一月、「寒椿」を「海」一月号より連載(十二月号まで)。「岩伍覚え書二」(すぼ抜きに就て)を「文芸展望」第十二号に発表。七月、「岩伍覚え書三」(満州往来に就て)を「文芸展望」第十四号に発表。長編『陽暉楼』を筑摩書房より刊行。八月、過労のため入院。十月、「岩伍覚え書四」(博徒あしらひに就て)を「文芸展望」第十五号に発表。
1977年(51歳) 一月、東京女子医大病院で受診。『陽暉楼』が第七十六回直木賞候補作となる。長編『岩伍覚え書』を筑摩書房より刊行。四月、長編『寒椿』を中央公論社より刊行。十月、『寒椿』で第十六回女流文学賞受賞。
1978年(52歳) 二月、中篇「影絵」(中短編集『影絵』に収録)を「すばる」第三十三号に発表。六月、中短編集『影絵』を筑摩書房より刊行。九月、「鬼龍院花子の生涯」を「別冊文藝春秋」第百四十五号より連載(五十四年九月、第百四十九号まで五回)。十月、書き下ろし長編『一絃の琴』を講談社より刊行。書きはじめから十七年間、五回も書き直したものなので肩の荷をおろす。十一月、短編「彫物」を「婦人公論」十一月号臨時増刊に発表。
1979年(53歳) 一月、短編「金魚」を「すばる」一月臨時増刊号に発表。二月、『一絃の琴』で第八十回(昭和五十三年下半期)直木賞受賞。同月二十九日より四月一日まで七回、「岩伍覚え書」がNHKラジオ「日曜名作座」で放送される(出演・森繁久彌、加藤道子)。三月、「寒椿」が芸術座で上演される(主演・浜木綿子)。同月二十九日、高知市の高知会館で「直木賞受賞を祝う会」が開かれ出席する。五月、「一絃の琴」が新派により新橋演舞場で上演される(主演・水谷良重=現・水谷八重子)。六月、東京都狛江市岩戸南へ引越す。
1980年(54歳) 一月、「伽羅の香」を「婦人公論」一月号より連載(五十六年四月号まで)。日本全国のさまざまな工房を訪れるルポルタージュ「美しきものへの巡礼」を「ショッピング」一月号より連載(十二月号まで)。長編『鬼龍院花子の生涯』を文藝春秋より刊行。三月、随筆集『母のたもと』を筑摩書房より刊行。五月、「朱夏」を「すばる」五月号より連載(六十年四月号まで。途中五十七年の一年間と五十六年一月号、五十九年四月号は休載)。九月、短編「自害」を「オール読物」九月号に発表。
1981年(55歳) 一月、随筆「楊梅の熟れる頃」(第一回「おきみさんと司牡丹」)を「ミセス」一月号より連載(毎月タイトルを変えて十二月号まで)。随筆集『つむぎの糸』を高知新聞社より刊行。三月、「一絃の琴」が帝国劇場で上演される(主演・司葉子)。随筆集『女のあしおと』を講談社より刊行。五月十一日より「序の舞」を「朝日新聞」夕刊に連載(五十七年八月二十八日まで三百九十二回)。六月、長編「伽羅の香」を中央公論社より刊行。九月、随筆集『美しきものへの巡礼』を文藝春秋より刊行。
1982年(56歳) 一月、随筆「言葉の匂ぶくろ」を「なごみ」一月号より連載(十二月号まで)。二月、随筆集『もう一つの出会い』を海竜社より刊行。五月、随筆集『楊梅の熟れる頃』を文化出版局より刊行。六月、「鬼龍院花子の生涯」が東映で映画化され封切られる(監督・五社英雄、主演・仲代達矢、夏目雅子)。七月、短編「菊籠」を「海」七月号に発表。九月、随筆「手とぼしの記」を「週刊朝日」九月十七日号より五十八年九月三十日号まで連載。十月、随筆「花のきもの」を「マダム」十月号より連載(五十八年九月号まで)。十一月、長編『序の舞』(上・下)を朝日新聞社より刊行。
1983年(57歳) 一月、「朱夏」第三章以下を「すばる」一月号より再び連載(六十年四月号まで)。二月二十五日より、「天璋院篤姫」を「日本経済新聞」夕刊に連載(五十九年五月一日まで三百五十二回)。四月、『序の舞』で第十七回吉川英治文学賞受賞。七月二十四日より「序の舞」がNHKラジオ「日本名作座」で九月十一日まで八回放送(出演・森繁久彌、加藤道子)。九月、随筆集『花のきもの』を講談社より刊行。「陽暉楼」が東映で映画化され封切られる(監督・五社秀雄、主演・緒形拳、池上季実子)。
1984年(58歳) 一月二日、「序の舞」がてれび朝日系列で放映される(主演・大原麗子)。二月、「序の舞」が帝国劇場で上演される(主演・山本富士子)。同月十一日から、クイーン・エリザベス?世号で始めての海外旅行(三月二日まで、シンガポール他)。同日、「序の舞」が東映で映画化され封切られる(監督・中島貞夫、主演・名取裕子)。三月、随筆集『手とぼしの記』を朝日新聞社より刊行。四月三十日、「楊梅の熟れる頃」が東京放送「ラジオ図書館」で放送される(出演・川戸恵子、桐本幸子、菅原牧子)。同月、大活字本『櫂』(上・中・下)を埼玉福祉会より刊行。五月、「陽暉楼」が新橋演舞場で上演される(主演・水谷良重=現・水谷八重子)。七月十七日から八月二十一日まで「鬼龍院花子の生涯」が毎日放送系列で放送される(主演・池上季実子)。八月、女流新人賞の選考委員となり、選考会に出席(選考委員は他に平岩弓枝、渡辺淳一)。同月六日から九月二十四日まで「家族の晩餐」が日本テレビ系列放映される(主演・倍賞美津子)。八月二十八日より九月二十五日まで「陽暉楼」がTBS系列で放送される(主演・名取裕子)。九月、長編『天璋院篤姫』が東京宝塚劇場で上演される(主演・山本富士子)。同月七日より随筆「くらしのうた」を「朝日新聞」日曜版に大原富枝、篠田桃紅、十坂千鶴子、馬場あき子と毎月交代で連載(六十二年九月二十七日まで)。大活字本『一絃の琴』(上・中・下)を埼玉福祉会より刊行。十二月、「鬼龍院花子の生涯」が歌舞伎座で上演される(主演・水谷良重=現・水谷八重子)。
1985年(59歳) 一月三日、「天璋院篤姫」がテレビ朝日系列で放映される(佐久間良子)。同月、「櫂」が東映で映画化され封切られる(監督・五社秀雄、主演・緒形拳)。随筆「女のこよみ」を「家の光」一月号より連載(六十一年十二月号まで)。五月二日から、夫とともにハワイ旅行(六日まで)。対談集『大人の味』(辻嘉一)を文化出版局より刊行。六月、長編『朱夏』(上・下)を集英社より刊行。八月、「春燈」を「新潮」八月号より連載(六十二年十一月号まで)。十一月、随筆集『地に伏して花咲く』をシーズより刊行。
1986年(60歳) 一月、随筆「葛の花」を「婦人公論」一月号より連載(十二月号まで)。対談集『小さな花にも蝶』(吉行淳之介、水上勉、神津善行、五社秀雄、常盤新平、網淵謙錠、小松伸六、緒形拳、加賀乙彦、富山清琴)を中央公論社より刊行。
1987年(61歳) 一月、「松風の家」を「文藝春秋」一月号より連載(平成元年三月号まで)。同月、「夜汽車」が東映で映画化され封切られる(監督・山下耕作、主演・十朱幸代)。随筆集『女のこよみ』を講談社より刊行。二月、「天璋院篤姫」が『日本歴史文学館28』(講談社)に収録される。四月、大活字本『序の舞』(全四巻)を埼玉福祉会より刊行。七月、短編「千代丸」を「小説新潮」九月号(四十周年記念号)に発表。十月、カセットブック『序の舞』(NHKカセット「日曜名作座」、全四巻)を世界文化社より刊行。十一月、「松風の家」が帝国劇場で上演される(主演・佐久間良子)。同月十五日から、講演のためアメリカへ旅行(二十四日まで、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークを訪れる)。十二月、カセットブック『楊梅の熟れる頃』(TBS文芸図書館)を世界文化社より刊行。
1988年(62歳) 一月二日、「松風の家」がテレビ朝日系列で放映される(主演・竹下景子)。同月、長編『春燈』(『櫂』の続編、これで『朱夏』とつながり、二十歳までの自伝の作品化がなる)を新潮社より、随筆集『くらしのうた』(共著)を朝日新聞社より刊行。また「言葉の匂ぶくろ」と「葛の花」をまとめ、随筆集『わたしの四季暦』として中央公論社より刊行。二月、「陽暉楼」が帝国劇場で上演される(主演・浜木綿子)。九月一日より、「きのね」を「朝日新聞」朝刊に連載(平成元年十一月二十二日まで四百三十八回)。十月、「岩伍覚え書」が『昭和文学全集  第26巻』(小学館)に収録される。
1989年(63歳) 一月二日、「春燈」がテレビ朝日系列で放映される(主演・南野陽子)。一月から二月、「櫂」が芸術座で上演される(主演・十朱幸代)。四月、芸術分野における功績で紫綬褒章を受章。九月、長編『松風の家』(上・下)を文藝春秋より刊行。
1990年(64歳) 一月、『松風の家』で第五十一回文藝春秋読者賞を受賞。二月二十七日より「菊亭八百善の人びと」を「読売新聞」朝刊に連載(三年三月二十日まで三百七十八回)。三月、「春燈」が芸術座で上演される(主演・古手川祐子)。四月、「東福門院和子の涙」を「家庭画報」四月号より連載(平成五年三月まで)。五月、長編『きのね』(上・下)を朝日新聞社より刊行。十月、大活字本『寒椿』(上・下)を埼玉福祉会より刊行。
1991年(65歳) 十月二日、「クレオパトラ」執筆のため、イギリス、イタリア、ギリシャへ取材旅行に行く。念願の大英博物館でクレオパトラゆかりの品々を見学(十八日まで)。長編『菊亭八百善の人びと』を新潮社より刊行。十一月、「菊亭八百善の人びと」が芸術座で上演される(主演・山本陽子)。
1992年(66歳) 一月、「伽羅の香」0が芸術座で上演される(主演・十朱幸代)。同月十日、エジプトへ「クレオパトラ」の取材旅行に行く(に十四日まで)。三月二十六日より「藏」を「毎日新聞」朝刊に連載(五年四月二十六日まで三百八十四回)。五月、「寒椿」が東映で映画化され封切られる(監督・降旗康男、主演・西田敏行、南野陽子)。九月二十四日、「作家生活二十年を祝う会」が開かれる。同月、大活字本『春燈』(上・中・下)を埼玉福祉会より刊行。十一月、『宮尾登美子全集』(全十五巻)を朝日新聞社より刊行開始する。
1993年(67歳) 四月、長編『東福門院和子の涙』を講談社より刊行。九月、長編『藏』(上・下)を毎日新聞社より刊行。十月三日より、「クレオパトラ」を「朝日新聞」日曜版に連載(八年三月三十一日まで)。
1994年(68歳) 一月、『宮尾登美子全集』完結。二月三日、「菊亭八百善の人びと」がテレビ朝日系列で放映される(主演・賀来千香子)。
1995年(69歳) 三月から四月、「藏」が芸術座で上演される(主演・沢口靖子)。四月十日、短編集『菊籬』を文藝春秋より刊行。六月四日から七月九日まで「藏」がNHK−BSで放送される(主演・鹿賀丈史、檀ふみ、松たか子)。十月、「藏」が東映で映画化され封切られる(監督・降旗康男、主演・松方弘樹、浅野ゆう子、一色紗英)。
1996年(70歳) 一月十日、長編『クレオパトラ』を朝日新聞社より刊行。同月三十日、長年の特に「藏」の功績が認められ、エランドール特別賞受賞。八月二十日より、「天涯の花」を高知新聞はじめ各地方紙に順次連載(全八十回)。十一月、随筆集『記憶の断片』を飛鳥新社より刊行。十二月二十日、限定本二百五十冊『クレオパトラ』を朝日新聞社より刊行。十月に東京・銀座、翌年三月、仙台で「クレオパトラ」展を開催。
1997年(71歳) 三月から四月、「藏」が芸術座で上演される(主演・沢口靖子)。九月六日から十月十九日まで「クレオパトラ」が日生劇場で上演される(主演・大地真央)。九月二十八日から十月十九日まで「春燈」がNHK−BSで放映される(主演・松たか子)。
1998年(72歳) 一月、「仁淀川」を「新潮」一月号より連載(十二年二月号まで)。同月二十日、長編『天涯の花』を集英社より刊行。四月三十日、随筆集『はずれの記』を角川書店より刊行。文化庁より勲四等宝冠賞受賞。
1999年(73歳) 一月、「天涯の花」が新橋演舞場で上演される(主演・松たか子)。同月から二月、「藏」が芸術座で上演される(主演・沢口靖子)。四月、北海道伊達市近郊に「宮尾本 平家物語」執筆のため住居を構える。五月六日から「櫂」がNHK−BSでドラマ化され、全三回シリーズで放映される(主演・松たか子)。「宮尾本 平家物語」を「週刊朝日」十一月五日号より連載(十五年十一月二十八日まで全二百一回)。十一月六日から十三日まで「天涯の花」がNHKで放映される(主演・須藤理彩)。十二月二十日、随筆集『きものがたり』特別装丁愛藏版限定二百五十部を世界文化社より刊行。
2000年(74歳) 二月十日、『一絃の琴』新装版が講談社より刊行。三月二日、長年の功績によりNHK放送文化賞受賞。同月二十七日から「一絃の琴」がNHKドラマ化され、十八回シリーズで放映される(主演・田中美里)。五月、徳島県東祖谷山村剣神社境内に「天涯の花」の文学碑建立。六月六日から七月二日まで、高知県立文学館で「宮尾登美子」展開催。十二月、長編『仁淀川』を新潮社より刊行。
2001年(75歳) 六月一日、長編『宮尾本 平家物語』第一巻〈青龍之巻〉が朝日新聞社より刊行。
2002年(76歳) 四月一日、長編『宮尾本 平家物語』第二巻〈白虎之巻〉が朝日新聞社より刊行。九月から十月、「仁淀川」が芸術座で上演される(主演・沢口靖子)。
2003年(77歳) 四月三十日、長編『宮尾本 平家物語』第三巻〈朱雀之巻〉が朝日新聞社より刊行。
2004年(78歳) 三月二十九日から五月十七日まで「菊亭八百善の人びと」がNHKで放映される(主演・夏川結衣)。四月三十日、長編『宮尾本 平家物語』第四巻〈玄武之巻〉が朝日新聞社より刊行。七月、『宮尾本 平家物語』完成記念「宮尾登美子の世界」展が東京日本橋高島屋で開催(九月、同展を大阪高島屋で開催)
2005年(79歳) 一月、『宮尾本 平家物語』を原作にしたNHK大河ドラマ「義経」が放映される(主演・滝沢秀明)。二月から三月、『宮尾本 平家物語』完成記念「宮尾登美子の世界」展を高知県立文学館で開催。四月二十三日、北海道伊達市に宮尾登美子文学記念館が開館。同月二十三日から六月二十三日まで「宮尾登美子の世界」展を開催(九月仙台文学館で開催)。
2006年(80歳) 五月、「錦」を「中央公論」五月号より連載(平成二十年三月号まで。平成二十年二月号は休載)。四月から八月、資料寄贈記念「宮尾登美子」展を高知県立文学館で開催。
2007年(81歳) 三月、『天璋院篤姫』新装版を講談社より刊行。八月、長編『湿地帯』を新潮社より刊行。十一月、『篤姫の生涯』を日本放送出版協会より刊行。
2008年(82歳) 一月、『天璋院篤姫』を原作にしたNHK大河ドラマ「篤姫」が放映される(主演 宮崎あおい)。六月、長編『錦』を中央公論新社より刊行。十月四日から十一月三十日まで、「地に伏して花咲く 宮尾登美子」展を世田谷文学館で開催。十二月、第五十六回菊池寛賞受賞。
2009年(83歳) 六月、随筆集『生きてゆく力』を海竜社より刊行。十一月、文化功労賞に顕彰。
2010年(84歳) 十二月、『錦』で第六回親鸞賞受賞。