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ふるさと発見 その3「円空作 聖観音像」

伊達市に住むわたしたちが知っていそうで知らない歴史(れきし)や裏話(うらばなし)を生涯(しょうがい)学習(がくしゅう)課(か)文化財(ぶんかざい)係(かかり)がシリーズで紹介(しょうかい)します。

聖(せい)観音(かんのん)像(ぞう)

円空仏の写真
 
円空(えんくう)作:聖観音像
1632年、岐阜(ぎふ)県(けん)に生まれた円空は、仏門(ぶつもん)に入った30歳頃(ころ)から仏像(ぶつぞう)を作るようになりました。
やがて全国(ぜんこく)を行脚(あんぎゃ)しながら木彫り(きぼり)の仏像を残し(のこし)、生涯(しょうがい)に12万体以上(いじょう)彫った(ほった)といわれています。
円空が作った仏像は「円空仏(えんくうぶつ)」とよばれ、その多くは岐阜県や愛知(あいち)県に残されて(のこされて)いますが、北海道(ほっかいどう)にも2015年現在(げんざい)40体ほどの円空仏が残されていて、このうちの1体が有珠(うす)善光寺(ぜんこうじ)に納められ(おさめられ)ています。
聖観音像のお顔のアップ写真
口の端(はし)が上がりやさしくほほえんでいるようなお顔(かお)

「円空作聖観音像」を見てみると台座(だいざ)は鉈(なた)でいきおいよく彫りだした力強さ(ちからづよさ)がみられる一方(いっぽう)で、柳(やなぎ)の葉のように切れ長(きれなが)な目、柔らく(やわらかく)口角(こうかく)が持ち上がる口元(くちもと)という円空独特(どくとく)の作風(さくふう)が見て取れます。

また、この仏像の背中(せなか)には、円空が自分で次の銘(めい)を刻んで(きざんで)います。
円空が彫った銘の写真
「うすおくのいん小嶋 江州伊吹山平等岩僧内 寛文六年丙午 七月廿八日 始山登 円空(花押)」
「うすおくのいん小嶋(こじま)」は洞爺湖(とうやこ)の観音(かんのん)島(じま)にある観音堂(どう)のことです。
また、1666年と彫ってあるので、今から350年前に円空が有珠に来ていたことがわかります。
言いつたえによると、円空は豊浦(とようら)町(ちょう)にある小幌(こぼろ)洞窟(どうくつ)で円空仏を5体彫ったといわれていて、善光寺の円空仏はその1体だといわれています。 円空が訪れたころの有珠は、1640年の駒ヶ岳(こまがたけ)の噴火(ふんか)や噴火による津波(つなみ)、1663年の有珠山噴火(ふんか)などの自然(しぜん)災害(さいがい)がおきたときでした。
円空がどんなことを考えて(かんがえて)この仏像を彫ったのかわかりませんが、穏やかな(おだやかな)微笑み(ほほえみ)を見せるこの仏像は、自然(しぜん)災害(さいがい)に苦しむ(くるしむ)人を助けたいという祈り(いのり)をこめて彫ったのかもしれません。
「円空作聖観音像」は有珠(うす)善光寺(ぜんこうじ)宝物館(ほうもつかん)で観る(みる)ことができます。

有珠善光寺宝物館のくわしい内容(ないよう)はこちらを見てください。
関連リンク有珠善光寺(外部リンク)

用語説明など

円空

江戸時代に生まれたお坊さんで、仏像を彫って各地に納めることもしていました。

仏門に入る

出家(しゅっけ)
家庭(かてい)などとの関係(かんけい)をきり、僧になって仏の道に入り修行(しゅぎょう)すること。また、僧としての資格(しかく)を得る(える)こと。

行脚

僧が修行のために、歩いていろいろな土地を回ること。

有珠善光寺

住所

北海道伊達市有珠町124番地

電話

0142-38-2007

開館時間

午前9時から午後5時(要事前予約)

拝観料

  • 大人500円
  • 高校生以下400円

その他

資料(しりょう)保存(ほぞん)のために展示(てんじ)しているものがかわります。

お問い合わせ先

企画財政部企画課広報広聴係
電話 0142-82-3114

メールメールでのお問い合わせはこちら

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